ヤクヤモリは、屋久島や九州南部などに生息する日本固有のヤモリです。身近なニホンヤモリと同じヤモリ属の仲間ですが、体の特徴や好む生息環境には違いがあります。
ヤクヤモリは国内のヤモリ属の中では比較的大型で、成体の頭胴長は約6〜7cmです。主に常緑広葉樹林やその周辺、植生のある海岸の岩場などに生息しています。
また、環境省のレッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類(VU)に分類されています。生息環境の改変に加え、近縁種のミナミヤモリとの交雑が進み、純粋なヤクヤモリの個体群が失われることが懸念されています。
この記事では、ヤクヤモリの大きさ・体色・生息地などの基本情報から、ミナミヤモリやニホンヤモリとの見分け方、餌や繁殖の特徴まで解説します。絶滅危惧種に指定されている理由や、野外で発見した場合の注意点も紹介します。
ヤクヤモリとは?大きさや外見の特徴

ヤクヤモリは日本固有のヤモリで、屋久島をはじめとする大隅諸島や九州南部などに分布しています。
国内の近縁種と比較すると体が大きく、灰褐色から緑褐色の背中、黄色味を帯びた唇、尻尾に並ぶ特徴的な鱗などが識別の手がかりになります。
ヤクヤモリの学名と分類
ヤクヤモリの学名は「Gekko yakuensis」で、爬虫綱・有鱗目・ヤモリ科・ヤモリ属に分類されます。
1968年に松井正文氏と岡田純氏によって記載された種で、学名の命名者表記は「Matsui et Okada, 1968」です。
ヤクヤモリという名前から、屋久島だけに生息する生き物と思われるかもしれません。しかし、実際には種子島や馬毛島、九州南部などにも分布しています。
基本情報をまとめると、次のとおりです。
| 和名 | ヤクヤモリ |
|---|---|
| 学名 | Gekko yakuensis |
| 分類 | 有鱗目・ヤモリ科・ヤモリ属 |
| 分布 | 屋久島・種子島・馬毛島・九州南部など |
| 主な生息環境 | 常緑広葉樹林・林縁・海岸の岩場 |
| 食性 | 昆虫などの小型無脊椎動物 |
| 保全状況 | 絶滅危惧Ⅱ類(VU) |
ヤクヤモリはミナミヤモリと近縁で、分布域が重なる地域では交雑することも知られています。
そのため、両種の分類や分布を理解するうえでは、外見の違いだけでなく、交雑による影響も重要なポイントになります。
参考:環境省「ヤクヤモリ」
成体の大きさは頭胴長約6〜7cm
ヤクヤモリは、日本に生息するヤモリ属の中では比較的大型になる種類です。
環境省の資料では、成体の頭胴長について、メスは通常61〜67mm、オスは57〜66mmとされています。最大では雌雄ともに約73mmに達します。
| 性別 | 通常の頭胴長 | 最大値 |
|---|---|---|
| メス | 61〜67mm | 約73mm |
| オス | 57〜66mm | 約73mm |
頭胴長とは、鼻先から総排泄孔までの長さで、尻尾を含まない部分を指します。ヤモリの大きさを比較する際によく使用される測定方法です。
ヤクヤモリの尻尾は頭胴長より長くなるため、尻尾を含む全長は上記の数値より大きくなります。
ただし、ヤモリは危険を感じると尻尾を切り離すことがあり、再生した尻尾の長さも個体によって異なります。そのため、全長だけでは体格を正確に比較しにくい場合があります。
なお、メスの方が通常の頭胴長の範囲ではやや大きいものの、雌雄の数値には重なりがあります。大きさだけでオスとメスを見分けることはできません。
体色や鱗、尻尾の特徴
ヤクヤモリの背中は灰褐色から緑褐色で、暗い色の斑紋が見られます。
環境省の資料によると、背中に縦方向へ並ぶ暗色斑は、左右に分かれて2列の点線のように見えることが多いとされています。
また、背中は細かな粒状の鱗に覆われ、その間に丸みを帯びた大型の鱗が散在しています。
腹側にも特徴があり、多数の暗色斑が見られます。斑紋が不規則につながり、虫食い状に見える個体もいます。
さらに、上唇と下唇の鱗は黄色味を帯び、周囲の鱗より明るく見えることがあります。
特徴的なのが尻尾です。ヤクヤモリの尾には環状溝と呼ばれる節状の区切りがあり、その背面には対になった大型の鱗が並んでいます。
この大型鱗は尾の後方まで続き、ミナミヤモリとの識別にも使われます。
ただし、尻尾を自切して再生した個体では、元の尻尾に見られる特徴が失われる場合があります。
ヤクヤモリの生息地はどこ?屋久島以外にもいる?

ヤクヤモリは屋久島を代表するヤモリの一種ですが、実際の分布は屋久島だけに限られません。
九州南部の沿岸地域や周辺の島にも生息しており、近年の調査では長崎県の一部離島からも確認されています。
屋久島・種子島・馬毛島などの島々に分布
ヤクヤモリの主要な分布地域の一つが、鹿児島県の大隅諸島です。
環境省の資料では、屋久島・種子島・馬毛島に生息することが記載されています。
ただし、大隅諸島のすべての島にヤクヤモリが分布しているわけではありません。
京都大学による2006年の調査報告では、当時、種子島と馬毛島からはヤクヤモリが、竹島・硫黄島・黒島・口永良部島からはミナミヤモリが報告されていました。
一方、屋久島にはヤクヤモリとミナミヤモリの両方が生息しています。
屋久島での調査では、ヤクヤモリは低地の広い範囲で確認される一方、ミナミヤモリは一部の集落や港周辺などで見つかるという分布の違いが報告されています。
ただし、これらは調査当時の分布状況であり、現在も完全に同じ状態が維持されているとは限りません。
実際、近年は近縁種との交雑や環境改変が問題になっており、分布と個体群の状況を継続して調べる必要があります。
九州本土や長崎県の一部離島でも確認されている
ヤクヤモリは九州本土にも分布しています。
環境省によると、九州地方では主に南部の沿岸部とその周辺地域に生息し、内陸部では確認されていません。
また、長崎県の一部離島からもヤクヤモリが見つかっています。
長崎県の個体群については、主要な分布地域から地理的に離れているため、その起源も研究上の関心を集めています。
環境省の資料では、長崎県の個体群の起源については十分な調査が行われていないとされています。
つまり、ヤクヤモリは屋久島という一つの島に限定された種類ではなく、九州南部を中心とした複数の地域に生息する日本固有種です。
ただし、分布地域に入っているからといって、その地域のどこでも見つかるわけではありません。
特に九州本土では生息環境が限定され、近縁種との分布の重なりもあるため、発見したヤモリを地域だけでヤクヤモリと判断することは避けましょう。
森林や海岸の岩場などに生息する
ヤクヤモリは主に常緑広葉樹林やその林縁に生息しています。
常緑広葉樹林とは、シイやカシなどの一年を通して葉を付ける広葉樹が中心となる森林です。
ヤクヤモリは、こうした森林の樹木や岩場、隙間などを生活の場として利用します。
また、海岸の岩場も重要な生息環境です。ただし、周囲に植物がほとんどない開放的な岩場より、植生が残る岩場を好むとされています。
森林に隣接した道路脇の壁面や、集落の建物などで発見されることもあります。
例えば、京都大学の屋久島での野外調査では、樹木のほか、神社・廃屋・道路沿いの斜面・橋の欄干などでヤモリ類を探索しています。
ここで重要なのは、人家の壁などで見つかるからといって、ヤクヤモリが森林を必要としないわけではないことです。
環境省の資料では、周囲に森林や植生が残っていることが、ヤクヤモリの生息環境を考えるうえで重要だと読み取れます。
森林や海岸が開発されると、生息できる場所が変化するだけでなく、近縁種との競争や交雑にも影響する可能性があります。
ヤクヤモリとミナミヤモリ・ニホンヤモリの違い

ヤクヤモリを見分ける際、特に注意が必要なのがミナミヤモリです。
両種は近縁で外見がよく似ており、同じ地域に生息する場合もあります。さらに交雑個体が確認されているため、単純に体色や大きさだけで種類を判断することはできません。
ミナミヤモリとは鼻孔周辺の鱗の大きさが異なる

ヤクヤモリとミナミヤモリを識別する手がかりの一つが、鼻孔の間にある鱗の大きさです。
この部分の鱗は間鼻板(かんびばん)と呼ばれます。
京都大学が2008年に行った屋久島の調査では、ヤクヤモリは間鼻板の長さが後方に続く鱗の1.5倍を超えること、ミナミヤモリでは1.2倍を超えないことを識別の目安としていました。
| 種類 | 間鼻板の特徴 |
|---|---|
| ヤクヤモリ | 後方の鱗より明らかに大きい |
| ミナミヤモリ | 後方の鱗とほぼ同じ大きさ |
ただし、これらは研究で用いられた識別基準であり、すべての個体に完全に当てはまるわけではありません。
実際の研究でも、それぞれの種の中に形態の変異が存在し、中間的な特徴を示す個体がいることが報告されています。
また、間鼻板は非常に小さいため、野外で見つけたヤモリを離れた場所から観察するだけでは確認が難しい場合があります。
そのため、鼻の鱗の特徴は有力な手がかりですが、これだけで種類を確定することは避ける必要があります。
尻尾の背面に並ぶ大型鱗も識別のポイント

ヤクヤモリとミナミヤモリのもう一つの重要な識別点が、尻尾の背面に並ぶ大型の鱗です。
ヤクヤモリの尾には環状溝と呼ばれる節状の区切りがあり、その背面に一対の大型鱗が並んでいます。
京都大学の調査報告では、ヤクヤモリの大型鱗は尾の後方まで続くのに対し、ミナミヤモリでは大型鱗がないか、あっても基部付近に限られると説明されています。
2008年の調査では、次の基準が使われました。
| 種類 | 尾の大型鱗 |
|---|---|
| ヤクヤモリ | 少なくとも第13自切溝まで続く |
| ミナミヤモリ | ないか、第11自切溝より後方には続かない |
自切溝とは、ヤモリが危険を感じた際に尻尾を切り離すことに関係する構造です。
ただし、尻尾を失って再生した個体では、元の大型鱗が確認できない場合があります。
そのため、再生尾の個体ではこの識別方法を利用できないことがあり、研究でも同定を保留するケースがありました。
間鼻板と尾の大型鱗を合わせて確認することが、両種を見分ける基本です。ただし、交雑個体などでは、この2つの特徴を調べても結論を出せないことがあります。
参考:京都大学「屋久島フィールドワーク講座2008年 ヤモリ班報告書」
ニホンヤモリとの大きさや生息環境の違い

ニホンヤモリもヤクヤモリと同じヤモリ属ですが、生息環境には違いがあります。
ニホンヤモリは住宅や建造物の周辺でよく見られ、夜間に照明へ集まる昆虫などを捕食する生き物です。
一方、ヤクヤモリは常緑広葉樹林や森林に隣接する海岸の岩場などを主な生息場所としています。
両種の主な特徴を比較すると、次のようになります。
| 項目 | ヤクヤモリ | ニホンヤモリ |
|---|---|---|
| 主な分布 | 九州南部・大隅諸島など | 本州・四国・九州など |
| 主な生息環境 | 森林・林縁・植生のある岩場 | 住宅・建造物の周辺 |
| 頭胴長 | 通常57〜67mm程度 | 50〜72mm程度 |
| 保全状況 | 環境省の絶滅危惧Ⅱ類 | 環境省の同カテゴリーには指定されていない |
頭胴長の数値には重なりがあるため、ヤクヤモリの方が必ず大きいというわけではありません。
また、ヤクヤモリが民家の壁に現れることもあるため、発見場所だけで種類を判断することもできません。
重要なのは、ヤクヤモリが森林やその周辺の環境と深く関わっている点です。
環境が開放的になると、ニホンヤモリなど別の種類が増加し、ヤクヤモリが置き換わることも報告されています。
交雑個体は外見だけでは見分けにくい
ヤクヤモリの識別を難しくしている要因の一つが、ミナミヤモリとの交雑です。
交雑とは、異なる種類の個体同士が繁殖し、両方の遺伝的特徴を持つ子孫が生まれることです。
ヤクヤモリとミナミヤモリでは、交雑によって生まれた個体がさらに繁殖することも知られています。
そのため、交雑が進んだ地域では、両種の特徴が入り混じった個体が見られる場合があります。
京都大学の2008年の調査では、屋久島の栗生周辺と一湊周辺で計111個体のヤモリが発見・捕獲されました。
このうち、尻尾と鼻周辺の鱗という2つの形態的特徴を使って確実に識別できたのは78個体でした。
一部の個体は尻尾が再生していたり、鼻周辺の鱗が中間的な大きさだったりするため、種類の判定が難しい状態でした。
さらに、交雑が何世代も続いた個体では、見た目が純粋なヤクヤモリやミナミヤモリに近くなる場合があります。
このような個体の遺伝的な背景を確認するには、外見の観察だけでなくDNA分析などが必要になる場合があります。
つまり、ヤクヤモリに似た特徴を備えているからといって、遺伝的にも純粋なヤクヤモリであるとは限らないのです。
ヤクヤモリの生態は?餌や繁殖の特徴
ヤクヤモリは、昆虫などの小さな動物を捕食する肉食性の爬虫類です。
環境省の資料では、少なくとも3月には活動を始め、夏にかけて多くの個体が見られるとされています。
昆虫などの小型無脊椎動物を食べる
ヤクヤモリは、昆虫類を中心とした小型の無脊椎動物を捕食します。
無脊椎動物とは、背骨を持たない動物のことです。昆虫のほかにもさまざまな種類が含まれます。
ヤクヤモリはこうした小動物を餌として生活しており、植物の葉や果実を主食とする種類ではありません。
生息地の森林や海岸の岩場には、昆虫をはじめとした多様な小動物が存在します。
ただし、今回確認した資料では、ヤクヤモリが野外で捕食する昆虫の種類別割合や、1日に必要な餌の量までは確認できませんでした。
そのため、特定の昆虫を主食としていると決めつけることは避ける必要があります。
なお、WEB両爬図鑑では、ヤクシマザルによるヤクヤモリの捕食例も紹介されています。
ヤクヤモリは昆虫などを捕食する一方、ほかの動物に捕食されることもある、地域の食物網の一員です。
産卵期は6〜9月で1回に2個の卵を産む
ヤクヤモリの産卵期は6〜9月で、メスは1回に2個の卵を産みます。
環境省の資料によると、年に複数回産卵する可能性がありますが、詳しい繁殖回数については明らかになっていません。
ヤクヤモリは卵生の爬虫類なので、メスは卵を産み、その中で胚が発育して幼体が孵化します。
繁殖に関連する特徴として興味深いのは、複数の個体が同じ場所に卵を産み付ける場合があることです。
環境省では、森林内の東屋や廃墟などの壁面に多数の卵がまとめて産み付けられ、ときには100個以上になる例があると説明しています。
1回の産卵数は2個なので、このような多数の卵は、単独のメスが一度に産んだものではありません。
同じ場所が繰り返し産卵に利用されることがあるという点は、ヤクヤモリの繁殖環境を考えるうえで特徴的な情報です。
卵の大きさと繁殖場所
ヤクヤモリの卵は、長径約15mm、短径約10mmです。
環境省によると、ガジュマルの幹にある窪みや、森林に接した岩場の隙間などに、2個並べて産み付けられます。
WEB両爬図鑑では、社殿の壁なども産卵場所として紹介されています。
こうした産卵場所に共通するのは、木の窪みや岩の隙間など、卵を産み付けるための空間が存在することです。
また、多数の卵が集まる場所があることから、同じ環境が複数の個体によって利用されることも分かります。
そのため、森林や岩場を保全する際は、ヤモリが活動する場所だけでなく、卵を産み付ける樹木の窪みや岩の隙間などを残すことにも意味があります。
なお、野外で卵を発見した場合は、研究・保全上の必要がない限り、無理に剥がしたり移動させたりしないようにしましょう。
成長・寿命について分かっていること
ヤクヤモリの成長や寿命については、繁殖時期や成体の大きさに比べると、研究で明らかになっていない部分があります。
環境省の資料では、成熟する年齢と寿命は不明とされています。
そのため、生後何年で繁殖できるようになるのか、野生では平均何年生きるのかについて、確実な数値を示すことはできません。
また、ほかのヤモリの寿命や成長速度を、そのままヤクヤモリに当てはめることも適切ではありません。
ヤクヤモリの生活史をさらに理解するには、孵化した個体の成長記録や、野生個体を継続して追跡する調査などが必要になります。
ヤクヤモリはなぜ絶滅危惧種なの?

ヤクヤモリが絶滅危惧種に分類されている背景には、生息環境の変化と近縁種との関係があります。
特に重要なのが、開発によって生息環境が変わることで別のヤモリが増加し、ヤクヤモリとの競争や交雑が進むという問題です。
2026年版レッドリストでは絶滅危惧Ⅱ類(VU)
ヤクヤモリは、環境省のレッドリストで絶滅危惧Ⅱ類(VU)に分類されています。
絶滅危惧Ⅱ類とは、絶滅の危険が増大している種を示すカテゴリーです。
環境省の2026年版資料では、ヤクヤモリの判定基準は「B2ab」とされています。
具体的には、生息地面積が2,000平方キロメートル未満と推定されることに加え、生息地点が限定されていることや、生息環境などの継続的な悪化が判断材料になっています。
ただし、ヤクヤモリの個体数が全国で何匹まで減少したという正確な数値が確認されているわけではありません。
環境省でも、個体数やその変化については資料が乏しいとされています。
一方で、ミナミヤモリとの交雑個体が増え、純粋なヤクヤモリの個体が減少していることなどが保全上の問題になっています。
参考:環境省「ヤクヤモリ レッドリスト・レッドデータブック」
開発による生息環境の変化
ヤクヤモリの生息を脅かす要因の一つが、森林や海岸の開発です。
環境省では、森林伐採・海岸開発・土地造成・交通インフラ建設などを、ヤクヤモリの存続を脅かす要因として挙げています。
ヤクヤモリは主に常緑広葉樹林や植生のある海岸の岩場などを利用します。
こうした場所が開発されると、隠れ場所や産卵場所が減少するだけでなく、周辺の植生や環境条件も変化します。
さらに重要なのは、環境が変わることで別のヤモリが増加しやすくなることです。
環境省の資料では、護岸工事や開発によって、より開放的な環境を好むミナミヤモリやニホンヤモリが増加した地域があると報告されています。
そして、それらのヤモリが増えた結果、ヤクヤモリとの競争や交雑、種の置き換わりが進んでいることが問題視されています。
つまり、ヤクヤモリの保全では、森林や岩場が単に残っていればよいというだけではありません。
周辺の植生や土地利用の変化によって、ヤモリ類の種構成が変化することにも注意する必要があります。
ミナミヤモリとの交雑が問題になっている
ヤクヤモリの保全上、特に深刻な問題となっているのがミナミヤモリとの交雑です。
両種は近縁で、分布域が重なる場所では交雑個体が生まれることがあります。
しかも、交雑個体には繁殖能力があるため、交雑によって生まれた個体がさらに繁殖し、交雑集団を形成する場合があります。
環境省の2026年版資料では、長期間の種構成の変化を調べた研究について、調査された7地点すべてで約20年間に交雑個体やミナミヤモリが増加したと紹介されています。
また、以前は交雑個体が多かった地点で、ヤクヤモリが確認されなくなった例も報告されています。
ここで問題になるのは、単にヤモリの数が減ることだけではありません。
交雑が繰り返されることで、純粋なヤクヤモリの遺伝的な特徴が失われる可能性があります。
このように、異なる種類から遺伝的な特徴が入り込む現象は、遺伝子浸透と呼ばれます。
環境省の資料では、屋久島でもミナミヤモリとの遺伝子浸透が進行しているとされています。
また、ミナミヤモリのメスはオスの求愛の鳴き声によって同種と他種を識別できるのに対し、ヤクヤモリのメスはそれができないことを示した行動実験も紹介されています。
この違いは、ヤクヤモリが交雑による影響を受けやすい可能性を考えるうえで興味深い結果です。
ただし、交雑や遺伝子浸透の進み方は地域によって異なる可能性があり、すべての生息地で同じ状況が起きているとは限りません。
ヤクヤモリの生息環境を守るために重要なこと
ヤクヤモリを保全するためには、森林や海岸の自然環境を守ることに加え、近縁種との関係にも注意する必要があります。
まず重要なのは、常緑広葉樹林や林縁、植生が残る海岸の岩場など、ヤクヤモリが利用する環境を維持することです。
また、ヤクヤモリが卵を産み付ける木の窪みや岩の隙間なども、生息環境の一部として考える必要があります。
さらに、ほかの地域からヤモリを持ち込んだり、飼育していた個体を野外へ放したりする行為にも注意が必要です。
外見がよく似たヤモリでも、地域によって生息する種類や遺伝的な特徴が異なる場合があります。
京都大学の研究では、屋久島のミナミヤモリが港を通じた物資の搬入などに伴って持ち込まれた可能性も指摘されています。
このような人為的な移動が、もともとのヤモリ類の分布や種間関係に影響する可能性があります。
そのため、ヤクヤモリを守るには、生息環境を保全するとともに、地域を越えたヤモリ類の人為的な移動を避けることが大切です。
ヤクヤモリは飼育できる?採集時の注意点

ヤクヤモリは日本固有のヤモリですが、絶滅危惧種に分類されているため、野外で発見した場合は慎重に扱う必要があります。
特に、採集や飼育を考える際は、保全上の問題と法的な取り扱いを分けて確認しましょう。
野生のヤクヤモリを採集してもよい?
ヤクヤモリは環境省の絶滅危惧Ⅱ類に分類されていますが、レッドリストへの掲載だけで、すべての場所での採集が一律に禁止されるわけではありません。
環境省のヤクヤモリの種別資料では、令和7年度末時点の「保護に係る法令指定状況」は指定なしとされています。
ただし、これはあらゆる場所で自由に採集できるという意味ではありません。
国立公園などの保護区域、土地への立ち入りに関する規則、地方自治体の条例、土地所有者の権利など、場所や行為に応じて確認すべき事項があります。
また、法的に採集できる状況であっても、絶滅危惧種の野生個体を持ち帰ることが保全上望ましいとは限りません。
特に、ヤクヤモリはミナミヤモリとの交雑が問題になっており、外見だけでは純粋な個体かどうか判断できない場合があります。
野外で見つけた場合は、無理に捕獲せず、写真などで観察する方法を優先しましょう。
採集が必要な研究や調査を行う場合は、事前に関係する自治体や土地管理者などへ、必要な手続きと規制を確認してください。
飼育する場合に必要な環境と餌
ヤクヤモリの飼育を考える場合は、まず飼育個体の入手経緯や法的な取り扱いを確認する必要があります。
また、野生では主に常緑広葉樹林や林縁、植生のある岩場などで生活する種類であることを理解しておきましょう。
ヤクヤモリは昆虫などの小型無脊椎動物を捕食するため、飼育する場合にも食性に合った餌の確保が必要です。
また、壁面や岩の隙間などを利用する生態を踏まえ、隠れ場所や足場を備えた、脱走を防げる飼育環境が必要になります。
ただし、今回確認した専門資料は、主に野生個体の形態・分布・生態を扱ったものです。
そのため、ヤクヤモリの飼育に最適な温度や湿度、ケースの大きさ、給餌頻度について、種に特化した具体的な数値は確認できませんでした。
ニホンヤモリなど近縁種の飼育方法が、そのままヤクヤモリに適しているとは限りません。
飼育を検討する場合は、ヤクヤモリの飼育経験がある専門家などから、種に合った管理方法を確認することが大切です。
近縁種との誤認や野外への放出に注意する
ヤクヤモリを扱う際は、種類の誤認と野外への放出に注意が必要です。
特にミナミヤモリはヤクヤモリと外見が似ており、交雑個体も存在します。体色や大きさだけでは、正確な種類を判断できない場合があります。
また、ヤクヤモリは地域によって近縁種との関係が異なるため、ある場所で捕まえた個体を別の地域へ移す行為にはリスクがあります。
飼育していたヤモリを別の地域の野外へ放すと、本来そこにいない種類や遺伝的な特徴を持つ個体が持ち込まれる可能性があります。
実際、ヤクヤモリの生息地では、ミナミヤモリとの交雑や近縁種への置き換わりが保全上の問題になっています。
そのため、飼育個体を安易に野外へ放したり、別の地域へ移したりしないようにしましょう。
ヤクヤモリは単に珍しいヤモリというだけでなく、その地域の生物多様性を構成する日本固有種です。
個体を扱う際は、飼育のしやすさだけでなく、野生個体群への影響も考慮する必要があります。
ヤクヤモリの特徴・生態・保全状況【まとめ】

ヤクヤモリは、屋久島・種子島・馬毛島・九州南部などに分布する日本固有のヤモリです。
国内のヤモリ属では比較的大型で、成体の頭胴長は通常約6〜7cmです。背中は灰褐色から緑褐色で、暗色斑や黄色味を帯びた唇、尻尾に並ぶ大型鱗などの特徴があります。
主に常緑広葉樹林やその周辺、植生のある海岸の岩場などで生活し、昆虫を中心とした小型無脊椎動物を捕食します。
産卵期は6〜9月で、メスは1回に2個の卵を産みます。樹木の窪みや岩の隙間などを利用し、同じ場所に多数の卵が産み付けられる例も知られています。
また、近縁種のミナミヤモリとの識別には、鼻孔の間にある間鼻板と、尻尾の背面に並ぶ大型鱗が重要です。ただし、交雑個体や再生尾を持つ個体では、外見だけでの判定が難しい場合があります。
現在、ヤクヤモリは環境省の絶滅危惧Ⅱ類に分類されています。
保全上の大きな課題となっているのは、森林や海岸の開発による生息環境の変化と、ミナミヤモリとの競争・交雑です。
ヤクヤモリを守るには、生息環境の維持だけでなく、近縁種の人為的な持ち込みや交雑を防ぐ視点も重要です。
野外でヤクヤモリと思われる個体を発見した場合は、無理に捕獲せず、自然な状態で観察することをおすすめします。
ヤクヤモリの体の特徴と、生息地で起きている問題の両方を理解することが、この日本固有種を知るうえで大切なポイントです。
